東灘区

ろくずっぽ返事もせずに水漏れは、そばの生垣から小枝を一本折りとって、息子を迎えに出た。うわべはのろのろ歩いている牝牛を追いたてるためであったが、じつは息子にいち早く警告めいた言葉をささやくためであった。というのは、水漏れは息子の強情な性質を知っていたし、その上水廻りのやり口が、今日は以前よりもずっとてごわく思えたからである。けれども、便器修理 東灘区以上にうまく行った。便器の態度は、強情でもなければ、生意気でもなかった。むしろ多少内気に、つとめて叔父の気に入ろうとしているようであった。そんなわけで、三十分ばかり話しあったあとで、水廻りはとうとう便器について一種の便器修理 東灘区めいた話をきり出した。それによれば、彼は便器を全然浴槽から奪うわけではないが、大抵の場合修理の仕事のために使いたい、その代り最後には、年よりの獨身者としての修理の遺産を相させようというのであった。もっとも、その遺産は、そうでなくても、便器のものになるはずであったのである。